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お久しぶりです。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。
試験がひと段落ついたのでカタカタと書いています。

まあ、ひと段落つってもレポート書いてる最中ですけども。
あ、何書いてるか知りたいんで? また酔狂な。 ― はい。それは、キリスト教と諸宗教です。え?いえねぇ、イスラム教とヒンドゥー教なんで、ええ。





巷説百物語 角川文庫巷説百物語 角川文庫
京極 夏彦

KADOKAWA / 角川書店 2003-06-25
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内容紹介

怪異譚を蒐集するため諸国を巡る戯作者志望の青年・山岡百介は、雨宿りに寄った越後の山小屋で不思議な者たちと出会う。
御行姿の男、垢抜けた女、初老の商人、そして、なにやら顔色の悪い僧――。
長雨の一夜を、江戸で流行りの百物語で明かすことになったのだが……。闇に葬られる事件の決着を金で請け負う御行一味。
その裏世界に、百介は足を踏み入れてゆく。世の理と、人の情がやるせない、妖怪時代小説、第一弾!







続巷説百物語も現在読んでいます。
なにとなく他のシリーズよりも期待が小さかったのだけど、全然そんなことなかった。

妖怪が主題なのだが、百鬼夜行シリーズと同じで、人間の中に巣くう闇を妖怪で括り、意味づけするような形。
それによって、妖怪は存在し、人間は前へと進むことが出来る。
そんな関係がとてもいいのだと思う。
人間は、理由のないものや、理解できないもの、矛盾なんかを嫌うように出来ているから、そういったものを妖怪やなんだかんだで説明するのだ。
それがなんだか、結局妖怪と人間はひとつのものなのかなぁ、とか考えたりして。
少し暖かくなる。

この間、少年が、着ぐるみから人が出てくるというショッキングな現実を見て、「人間でてきた!」って言っていたけど、そういうことなんじゃないか。
もはや、どちらが本質か分からないし、両方本質かもしれないけど、脱いで見ると少し生きやすくなる。
そんな気がしてきた。
・・・気がしただけだけど。

山岡百介が主人公。人柄が良くて好感が持てるし、御行一味との関わりもなかなか面白い。
一味は一見義賊のような仕事をしているのだけど、「義賊ではない」と言っている。
それがいい。人が本当の意味で義賊になることはない。
正義ほど曖昧で揺らぎやすく、酔いやすいものはないから。

そんな彼らの旅と御行はまだまだ続くようです。





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ブログのタイトル変えようかなぁなんて考え中。
なんだか飽きてきちゃった。




文庫版 豆腐小僧双六道中ふりだし文庫版 豆腐小僧双六道中ふりだし
(2013/07/25)
京極 夏彦

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内容(「BOOK」データベースより)

江戸郊外のとある廃屋に、いつのまにやら棲みついていた1匹の妖怪、豆腐小僧。
豆腐を載せた盆を持ち、ただ立ちつくすだけの妖怪である自分は、豆腐を落としたとき、ただの小僧になるのか、
はたまた消えてしまうのか―。
思い悩んだ小僧は、自らの存在理由を求めて旅に出る!軽快な講談調で、小僧が出会う鳴屋や死に神、鬼火との会話の中から現れてくる妖怪論。
妖怪とは、いったい何なのか?妖怪入門としても必読の痛快作。




なんともインパクトのある表紙。豆腐小僧でございます。

写真に挙げているものは、角川文庫のものなのですが、講談社の正方形豆腐型のものが私的には好み。
続刊の”おやすみ”は後者で購入と相成りました。(ただ今読中。)

シリーズを形で揃えないことはコレクターとしてのプライドが許さないのだけど、まぁ両方見れていいよねぇ。

ひたすら妖怪の存在について解釈を述べているだけですのに、独特の講談調とキャラクターによって、楽しく読めてしまうというお話。
落書きでも見ているようなと言ったら失礼かもしれないけれど、そんな楽しさという感じかなぁ。
でもって、その落書きが自我を持って歩き出したかのような、とも言えるかもしれない。

豆腐小僧が必死に持っている豆腐の描写が所々にあって、それがとても愛らしい。
豆腐がふるふると波打っている様や、盆の上をつつーっと滑っていく様を思い浮かべると、豆腐にまで人格が見えてきてしまうのです。
そして、その豆腐を持っていることが、豆腐小僧が豆腐小僧たる条件であると、豆腐を死守する豆腐小僧の頑張りも見ていてとても愉快です。(なんかややこしくなちゃった。)

これを原作とした映画を観に行っていなかったことが一生の不覚。




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 昨日、二月三日は節分。
近くのお寺の豆まきに行ってきました。
まるで追いだした鬼が憑依したかのように、皆が鬼の形相で押し合いへし合い、頭上からまかれる福豆に必死に手を伸ばす様は滑稽で、
私もきっと、似たり寄ったりの形相と殺気を纏っているのだろうと思うと、笑いが止まらなかった。
そうして鬼の仲間入りをした甲斐あって、福豆ふたつと三徳豆ひとつ、そして来年への闘志をいただいた。
 しかし、お寺でまかれたというだけでご利益を感じて、いい年した大人まで、というか大人こそ目の色変えて、豆にすがるというのはなんだかとても面白いなぁ。
来年はもっと取ってみせると決意した、立春。




分冊文庫版 姑獲鳥の夏 上 (講談社文庫)分冊文庫版 姑獲鳥の夏 上 (講談社文庫)
(2005/04/17)
京極 夏彦

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内容(「BOOK」データベースより)

「二十箇月もの間子供を身篭っていることができると思うかい?」。
昭和二十七年の夏、三文文士の関口巽は東京は雑司ケ谷にある久遠寺医院の娘にまつわる奇怪な噂を耳にする。
しかも、密室から煙のように消えたというその夫・牧朗は関口の旧制高校時代の一年先輩だった。
ポケットに入る分冊版、刊行開始。





前回から引き続き、シリーズのシリーズ、シリーズ特集をお送りいたします。

なんとか二回はいけたよぉ。


第二回
「百鬼夜行シリーズ」

憑き物落としの京極堂が絡まった人の糸を解いていくシリーズ。
人のもつ怪、うみ出した怪、とでも言おうか。そういったもののじんわりとした怖さ、哀しさが滲みでる。

私は分冊版で読んでいるのだけれど、普通の文庫だとこの著者の本はとても分厚く、レンガ本などとも呼ばれているらしい。しかし、それを感じさせないあたり、凄いのだと思う。

赤い靴を履いたら最後、たおれるまで踊り続けるあれと似ている気がする。
でもそれは、軽やかな甘美で全く疲れを知ることがない。
私は読み始めたが最後、最終ページをめくるまで読み続けてしまう。

今現在、狂骨の夢までしか持っていないからウズウズ、ムズムズしている状態。

そういったシリーズ。


今の気持ち:シメシメ・・・(特集の味をしめている)




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